（下）
阿弥陀仏におまかせする
（１）一枚起請文
一枚起請文は、法然のいわば遺言です。高弟にせがまれて病床で書いた簡潔な文章です。次はその要約です。
①＜私の説いてきた念仏は＞中国や日本の高僧たちが説いてきた観念の念仏ではない。
②阿弥陀仏の極楽往生を遂げるためには、ただひたすら一点の疑いもなく「南無阿弥陀仏」とお称えするのみでよい。もし、私が念仏以外の奥深い教えを隠しているというのであれば、あらゆる衆生を救おうとするお釈迦さまや阿弥陀さまに背くことになる。
③お釈迦さまが生涯かけてお説きになった教えをしっかり学んだものでも、「自分はその一節さえ知らない愚か者である」と自制しなくてはならない。けっして智慧ある者のふりをせず、ひたすらお念仏を称えなさい。
④浄土宗の心の持ちようと行のあり方を、この一枚にすべて極めた。
（２）法然の開眼
法然は４３歳（１１７５年）にして開眼しました。その開眼の真意は、先の「一枚起請文」に簡潔明瞭に書かれてあります。
「一枚起請文」を一言で書けば、一心専念阿弥陀名号（一心に阿弥陀仏の名前を念ずる）（※）です。
※出典『観無量寿経疏』
一心専念阿弥陀名号とは、「ただひたすら阿弥陀仏を念じてその名号を称えれば、どんな人でも阿弥陀仏によって極楽浄土に救いとられる。あれこれ考えずに、ただひたすら念仏を称えて本願力におまかせすればいい」ということです。
※本願、「すべての人を救おう」との本来の願い。無限の知恵と慈悲。
（３）阿弥陀のはたらきかけ
法然は、教典を読み尽くしていました。それでもその学識を捨てました。なぜ学識を捨てかといえば、「わたしが阿弥陀仏を選ぶという考えは捨てないといけない」と悟ったからです（わたしが選択すると、永遠に正しいという保証がない）。さらにいえば「わたしが選ぶのではない、阿弥陀仏が選んで下さるのだ」と悟ったのです。
法然は、すべてを阿弥陀仏におまかせしました。人間が阿弥陀仏を信じるのではなくて、阿弥陀仏からのはたらきかけによって、人間が阿弥陀仏を信じさせていただくのだと悟ったからです。そのことが他力の意味でした。
ブッダの悟りと浄土
（1）ブッダの悟り
ブッダの悟りを一言でいえば「形あるものはうつろいゆく」です（※）。「うつろいゆく」の先は 、「無量・無限」あるいは「空（くう）※」です。
※ひろさちや著の「法然」には、空とは「簡単にいえば、物差しがついていない」ことだと解説されている。
「法然」には、「娑婆社会には美しいものあれば必ず醜いものがある。長いものがあれば短いものがある。大きいものがあれば小さいものがある。つまり、相対的なあり方が通用している。その物差しは人間の心にある。浄土とは、相対的なあり方のない世界、つまり絶対平等の世界である（要約）」と書かれています。「法然」には、人間の「物差し」のいい加減さの具体例が示されていますが、言うまでもなく「無量・無限」に物差しをあてることはできません。確かに、空（くう）に物差しをあてることはできません。
（２）念仏する人としない人
白状しますと、私は念仏を称えたことがありません。私の知っている多くの人も、念仏を称えている姿を見たことがありません。
「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」とは、親鸞の『歎異抄』の一節です。「法然」には、法然の遊女への説法が紹介されています。私の友人たちは法律を犯した人はいませんが、善人とは言い切れない人が少なくありません。『歎異抄』の一節は、友人たちも私も、これから心を入れ換えて念仏すれば、極楽浄土にいけることになります。
ところで、私の素朴な疑問です。念仏を称えないと極楽往生はできないのでしょうか。例えば、外国人は念仏を称えません。外国人は、極楽往生はできないのでしょうか。まさか、外国人は天国への別の道があるからとは言えません。
実は、法然も親鸞も、浄土がどんな世界でけあるか、詳しく説明していません。法然は、阿弥陀にお任せしないとだけ言っています。私の推察するところ、キイワードは、「すべての人の救い」にありそうです。
法然も親鸞も明言はしていませんが、①悪人や善人にかかわらず、②念仏をする人、しない人にかかわらず、浄土では、「すべての人が救われる」と言外に言っているからです。
この文章をここまで書いてきて、「ただひたすらに念仏を」という言葉の重みを感じています。私は、念仏するという行為は単純だ、と誤解していました。ただひたすらに念仏を称えることがいかに難しいことであることも理解できますから、ただひたすらに念仏を称えることができれば、極楽往生することは可能だ、と思うようになりました。同様に、次のような宇宙的浄土に達することも可能かもしれません。
宇宙的浄土
中世の日本人は、「悪人や善人にかかわらず」と諭されました。但し現代の日本人は、念仏をしない人まで救われのでは、不公平極まりないと文句をつけるはずです。
しかし、阿弥陀仏の性質は「無量・無限」です。あるいは「空（くう）」です。日本人だけの、あるいは人間だけの瑣末なことで、往生できる人が選抜されるはずはありません。
すべての人とは、島国日本を超えます。宗教、民族に関わりません。そればかりではなく、人間と他の生き物に関わらず「すべてのもの」が「極楽浄土」に招待されることはほぼ間違いありません。ここでいう「極楽浄土」は、日本的極楽浄土ではありません。、宇宙的「極楽浄土」に他ありません。
（２００３年５月）