| 岡井盛夫：2016/8/10 |
Ｄ．Ｊ．トランプとイスラム講座 |
| 米国大統領選の共和党候補は、ドナルド・トランプ氏です。大方の予想を覆して、「あれよあれよ」と言っている内に、米国の共和党員は彼を支持しました。選挙戦での暴言には驚きましたが、移民によって生活を脅かされている米国国民、テロの脅威におびえている米国国民は少なくありません。オバマ大統領、並びに民主党の大統領候補のヒラリー・クリントンに批判的な有権者に、根強く支持されているのかも知れません。 「クリントンとトランプの大統領選挙は、史上初めての低レベルだ」、とも陰口されています。特に、トランプ候補の支持率が下降ぎみですが、大統領になる可能性がゼロではありません。もし万一、彼が大統領になれば、それこそ「大惨事」(※)です。 ※バーナード・サンダース（民主党大統領候補）の発言。 Ⅰ ２０１５年１１月、トランプ氏がＮＢＣニュースに出演した時の発言 （１）イスラム教徒をデータベースに登録すべきかという記者の質問に、「絶対に実施する。データベース以外にも、いろいろなシステムを備えるべきだ」と答えた。 （２）２０１５年１２月、トランプ氏自身がサイトに出した声明。「 米当局が事態を把握できるまでの間、イスラム教徒をアメリカ入国禁止にすべきだ」と発言した。 ※出典は、Ｈａｔｅｎａ(ＨＰ)。 （３）一時、世論調査のクリントンとトランプの支持率は拮抗しているように見えた。しかし、トランプが７月３１日、戦死したイスラム教徒の米軍人の遺族を侮辱したとして批判された(世論調査のとラブ支持率を大きく下げている)。この発言は、「米軍最高司令官になる資質に関わるだけに、１１月の本選にも影響を与えそうだ」、と言われている。 Ⅱ 『中東から世界か崩れる』(高橋和夫著)の「第２章イスラム世界の基礎知識」（要約） １．キリスト教とイスラム教の違い （１）キリスト教徒にとって、イエスは神の子である。イスラム教徒にとって、ムハンマドは予言者(※)である。 ※７世紀、ムハンマドとしう人が神の声を聞き、そのメッセージを教え始めた。これがイスラム教の始まり。 【読者の補足】旧約聖書『出エジプト記』によると、モーゼはシナイ山で神の声を聞いている(ＢＣ１３００年)。 （２）イスラム教の神は「アッラーの神」と言われる。しかし「アッラー」という名前の神がいるわけではない。「アッラー」とはアラビア語で「唯一神」という意味である。英語ではゴッド(ｔｈｅ Ｇｏｄ)。 （３）イスラム教は、「神(唯一神）が人類の発展段階に合わせて、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教となって表れた。ユダヤ教もキリスト教も素晴らしいが、イスラム教が一番新しい宗教だ」、と考えている。 （４）歴史的に見ると、イスラム教徒は異教徒に対して寛容であり、排他的ではない。異教徒であっても、税金を払えば生活をともにする。エルサレムおよびヨルダン川西岸地区は、幾度も紛争が起きてきた。原因は宗教ではなかった。「エルサレムを含むパレスティナという土地を誰が取るか。「ヨルダン川の水を誰が支配するか」という、土地をめぐる問題であった。 （５）イスラム教は武力を背景に布教してきたと思われている。イスラム国(ＩＳ）の強制改宗のイメージが強いからだ。イスラム国はイスラムでもなければ国でもない。実際のイスラムの布教は、基本的には平和裏に行われた。改宗は強制されずにおこなわれてきた。 （６）イスラム教は、決して世界を一色に塗りつぶす宗教ではない。様々な宗教を認めていく。他の宗教が存在することを前提にした宗教である。 【著書の補足】イスラム教は、イスラム神秘主義(スーフイズム)によって世界に浸透した。スーフイズムとは、難しい教義ではない。民衆にもわかる瞑想や踊りやコーランの節の繰り返しである。神の愛の感じ方である。個人の体験によって神に近づこうとする。スーフイズムはアラビア語ではターリカと呼ぶ。 （７）アフリカの黒人の国では、イスラム教徒が多い。アフリカ人にとって、キリスト教は支配者である白人の宗教だ(上からの目線の宗教)。これに反して、イスラム教は白人に抑圧されるようになったアラブ人の宗教だから、同じく白人に抑圧されるアフリカ人の共感を得やすい。 ２．スンニ派とシーア派 イスラム国家では、スンニ派が圧倒的多数であり、シーア派が少数派である(イラン、イラク、バーレーン )。中東における紛争の原因として、宗教対立がクローズアップされる。しかし、紛争の原因は権力争い、つまり利権争いである。スンニ派もシーア派も神学上の争いや人間的な憎悪を抱き合っているというよりは、国家の利得や地域の覇権をどのグループが握るか、で争っている。 イラン・イラク戦争(１９８０－１９８８)の戦場では、シーア派のイラク兵と、同じくシーア派のイラン兵士が殺しあった。具体的にいえば、対立の背景にあったのは、イランとイラクの国境地帯を流れるシャトル・アラブ川の領有権問題であった。 ３． なぜ、イスラム過激派が台頭したのか？ イスラム教徒は、昔からずっとコーランに書かれたことをそのまま信じている。コーランを相対化してしまっては、イスラム教の根本が崩れる。そういう意味では、イスラム教徒はみんな原理主義であるから、過激な人を原理主義と呼ぶのは不適切である。そのような経緯があって、「イスラム過激派」と言う呼称が出てきた。 （１）スンニ派イスラム過激派の代表がアルカイダやＩＳであり、シーア派イスラム過激派がレバノンで活躍する ヒズボラである。過激派の戦術である自爆テロは、本来イスラム的ではなかった。なぜなら、イスラム教は自殺を禁じているから。自爆テロも当然のこと認められない。 【著書の補足】１９８３年、レバノンの首都ベイルートのアメリカ海兵隊宿舎とフランス軍の宿舎に、自爆があった。このテロはイスラムのインテリから「自殺はダメ。実行犯は天国へはいけない」と結論された。しかし中東の世論は、実行犯に同情てきであった。「追い詰められたイスラム教徒が最後の抵抗手段として起こしたのだから、神さまはそれを許されないはずはない。自爆テロをすれば天国に入ることができる」と、完全に逆転した観念を持つ人々が増えていった。 （２）イスラム主義がより過激化していったのは、第二次世界大戦後（とりわけ１９６０年代後半以降）であった。 ①発端は、イスラエル建国が挙げられる。パレスティナの地にユダヤ人国家ができて、先住のアラブ人が難民となった。 ②イスラエル建国の衝撃に対して、中東諸国は近代化を急いだ。アラブ民族主義 民主主義、社会主義様々などの西洋的思想によって、「ヨーロッパからの独立、国力増進、イスラエルへの対抗」を目指した。 ③多くの国が独立したが、「アラブ民族主義」を掲げて社会主義的政策を推し進めたエジプトのナセルが１９６７年、第三次中東戦争でイスラエルに惨敗した。 ④ナセルの敗北は、中東イスラム世界に絶望感をもたらした。「アラブ民族主義も民主主義も社会主義もダメ、イスラム教に帰るしかない」、とイスラム主義を先鋭化させていった。 ⑤イスラム過激派は、西洋化への絶望を起点としている。イスラエルに弾圧されているパレスティナの現状、中東各地のアメリカ軍の基地、困窮生活に不満をもっている多数の民衆から支持されている。 ４．欧米のイスラム主義嫌悪 もし、イスラム教徒の絶望感を取り除くことができれば、イスラム過激派の勢いは食い止められる。しかし、「アラブの春」も結果的に政治的混乱を引き起こしただけであった。新たな絶望感を生じさせている。 （１）エジプトは民主的な選挙によって、イスラム主義組織ムスリム同胞団が政権をとった。しかし、欧米は「イスラム主義者が政権に就くのは問題だ」、と否定的立場をとった。民主的政権は、軍事クーデターによって潰された。 （２）パレスティナ自治区で、イスラム主義団体・ハマスが選挙に勝った時も、欧米は公然と無視した。欧米は、中東の政治体制について、矛盾した態度を取り続けてきた。表では民主的選挙を讃え、実際に選挙が行われて反西洋的なイスラム主義が政権を取ってしまうと、裏では軍事独裁体制（世俗的で欧米に近い政策をとる）を支援してきている。中東の人々は憤りを覚え、絶望感を募らせている。 （３）欧米には、イスラム主義の多様性を知り、理想的な政治体制を中東に求めるのではなく、中東の現実に向き合うことが求められる。 ５．アラブ人とペルシャ人の違い サウジアラビアなどはアラブ人の国である。イランはペルシャ人の国である。まず、言語学的な起源がちがう。ペルシャ人はインド・ヨーロッパ語族である。アラブ人はアフロ・アジア語族のセム語族に属する。 但し、ペルシャ語もアラブ語も、使用されている文字はアラビア語。 イランは、かって栄華を誇ったペルシャ文明の国。文明の歴史に誇りをもっている。サウジアラビアはイスラム教の聖地であるメッカ・メディナを抱えている。自分たちは神に選ばれた国であり、「神州」だと自負している。サウジアラビアは君主制で、イランはイスラム共和国になっている。 Ⅲ トランプ候補と平均的アメリカ国民のイスラム感 欧米は、イスラム主義を嫌悪しつつげてきた。平均的なアメリカ人は、アラブとイスラムを混同している。その常識の上に、トランプ候補が躍り出てきた。 嫌悪感は第一に、中東（アラブとイスラム）への文明優越感に支配されている。優越感は、中東支配の歴史実績から裏付けられている。第二に、欧米の一神論に支配されている。ムハマンドの風刺漫画のように、表現の自由(西洋近代主義)を理由にイスラムを宗教として尊重する思想が全くない。 欧米の近現代史がそうだから、その文脈ではトランプ氏の言動が特別アブノーマルなのてはない。但し、彼がアメリカの共和党の大統領候補なったのだから、「惨事」が起こりそうな不気味な気配が感じられなくもない。 もし、仮定を重ねるなら、つまり、ドナルド・トランプが大統領に就任すると、イスラム教徒の中に二つの反動が発生する。一つは、世界的なイスラム穏健派の反米思想の高まりである。一つは、イスラムとは無縁のイスラムの名前を騙って、ＩＳが勢力を挽回し、自爆テロなどが頻発するかも知れない。 まさか、トランプが十字軍を率いて遠征することはいだろうが、ネガティブな予感が全くないとはいえない。勿論、アメリカには良心的な国民も少なくない。彼らがアメリカ人の盲目的行動を抑えてくれることを祈りたい。しかし、歴史を振り返ると、例えば第一次、第二次世界大戦を学ぶと、一つの事件が引き金になって、民族主義や国家主義に火がついて、国家の暴走が始まることがある。その時の良識などは、吹き飛ばされてしまう。 |